a0960_004708

熊本の民家で白骨化遺体が見つかった事件の続報、時系列でのまとめ。
過去記事はこちら

1 2012年6月
少女が不登校になる。
行方が分からなくなっている16歳の少女が、中学校に来なくなったのは去年6月からだったという。
しかし、少女はこれ以前にも頻繁に不登校を繰り返していた。
小学5年生のとき不登校になり1年の半分近くを欠席、6年生の頃には30日ほど欠席していたようだ。

2 2012年11月
娘を心配した父親と警察、児童相談所の職員らが自宅を訪問する。
しかし母親に拒否されて家に入れず、結局インターホン越しに少女と会話した。
この時点では会話すること自体はできていた。
このとき、父親は入ったら訴えると言われ、家に入れなかったという。

3 2013年2月
母親が熊本県内の実家に帰省。
地元の警察署員が訪ねたところ、母親は少女とともに対応し「娘は体調を崩して養生している」などと話したという。
これが16歳少女の最後の生存確認となる。

4 2013年9月6日
児童相談所の職員と民生委員の自治会長が自宅を訪れたところ、インターホン越しに母親が「もういいです。大丈夫です。帰って下さい」などと大声で叫んだそうだ。
しかしこの時、少女の確認は取れなかった。
母親は決して家から出てこようとしなかったという。

5 2013年9月21日午後1時
熊本からおよそ北に100キロ、福岡空港で意味不明なことを叫び続けていた母親が警察に保護される。
海外へ行きたかったなどと話していた模様。
しかし母親はパスポートは持っておらず、所持金は数十円。
空港までは無賃乗車で来ていて、口座の残高もほぼゼロだったという。

6 2013年9月21日午後9時半ごろ
父親が警察とともに自宅を確認、少女と思われる遺体が発見される。
警察によると、家の中は窓を粘着テープで目張りされ、部屋のドアや仕切りにはクギで板が打ち付けられていたという。
また、自宅に現金は見当たらなかったということだ。

こうして一連の流れを見ていくと、母と子が周囲との接触を拒絶していたことがよく分かる。
自宅の郵便受けを使えないようにするなど、その拒絶ぶりはかなり徹底されたものだったようだ。
もともとこの家族は3人暮らしだったが、父親ですら6年前から娘に会わせてもらえなくなり、会社に寝泊まりをするようになったという。
自宅の鍵を換えられてしまい入れなくなったという話だ。
また、父親は月に8万円から9万円の仕送りをしていたが、金を借りにくる母の姿が周囲の住人にたびたび目撃されている。
ガリガリに痩せ、ご飯を食べていないと漏らしていたそうだ。

周囲とのかかわりを拒絶し、室内には目張りやクギで板を打ち付ける・・・。
これは統合失調症の患者によくみられる行動だ。
見張られている、付け狙われているといった種類の妄想性の障害だった可能性が高い。
娘の死でさらに心のバランスが崩れていき、21日の福岡空港での事件になったのではないだろうか。

母の金銭にかなり困っていた様子からして、もしかすると少女は餓死だったのかもしれない。
少女は小学校時代、音楽が好きでやさしい子だったという。
最悪の結果となる前に何とかならなかったのか。
無念の思いが募る。